The Master Narrative

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February 17, 2010 at 9:40am
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人と人が密着して暮らす場所や、集団化傾向の高い社会では、他人の個性に対しての寛大さが失われる傾向がある、と、そういう話なのだと思う。

 満員電車を思い浮かべれば良い。
 あの殺人的な空間の住人として過ごす数十分の間、われわれは、人間性を放棄している。
 というよりも、満員電車の人口密度は、人が人であるための社会的な距離を逸脱しており、それ以前に、生物学的な受忍限度をも超えている。
 
 ゴキブリのような生き物でさえ、ある限界を超えた密度で飼育すると、異常行動をとることが知られている。ザリガニでも金魚でも同じだ。過密飼育をすると共食いやいじめ(←群れを作る生き物を閉鎖環境に置くとほぼ必ず特定の一匹を攻撃するようになる)を始め、時にはオス同士で交尾を試みるようになる。つまり、「狂う」わけだ。

 満員電車の中のわれわれは、狂わずにいるために、一人一人が自らにあるフィクションを課している。
 つまり、われわれは、「オレらは人間じゃない」という前提で、あの苦行に耐えているのだ。

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Notes