「一般意志2.0」という言葉で僕が何を言おうとしているか. 『社会契約論』(1762年)でルソーが何を言ってるか. 人民は社会契約をして一般意志を作る.一般意志が政府を選ぶ(政府に権力を与える). 全体意志(will of all)と一般意志(general will)は違う.全ての意志・みんなの意志が全体意志.一般意志をどうやって作るかが近代民主制の根幹. 全体意志は,特殊意志(個人の意志)の和.特殊意志(個人の意志)の和から様々な過不足を抜き取った上での差異の総和が,一般意志. (僕たちの)目標は一般意志を顕在化させるシステムを作ること.これは政府の改革とは別. 人々は十分にinformationを与えられて,まったくcommunicationをせず,deliberateするとき,一般意志が立ち現れる.information, communication, deliberateという全部のキーワードがこの1文の中に入っている.しかも,deliberateの語源は「重み付ける」. 「十分にinformationが与えられた人間が討議すると一般意志が現れる」と解釈することもできる.けれども,「十分にinformationが与えられた人間がcommunicationなしで重みを付けていく(と一般意志が現れる)」と解釈することもできる. 人民は個人的に契約しているのに,なんとなく一般意志を生成しているように見える. ニコ動の疑似同期は,みんなが勝手にバラバラに喋っていると,それがなぜか時間を共有しているように感じられる.twitterもみんながひとりごとをバラバラ喋っているのだけれども,なんか議論しているみたいに感じられる.このフィクション感がルソーの一般意志と近い.フィクションとしての議論空間,フィクションとしての集合知. twitterとGoogleが2つでてきたときに,はじめて世界はルソー化した. みんなが勝手につぶやいていることはすごく重要. communicationをとらないで十分にinformationを与えられている各市民がdeliberateすると一般意志が生成する.
— 第1回ウェブ学会シンポジウム[午後-1], 12-7-2 ksorano on USTREAM. Local News から,東浩紀さんの発言の一部を抜粋・編集 (via takadat)